ナイキのスニーカー

恋人との出会いは、アメリカの田舎にある語学学校のたしか1階の廊下とかだった気がする。私のクラスレベルは4で半年前から通っていた彼がレベル6。私は1ヶ月の滞在で彼は1年間。クラスメイトのタイ人の女の子が廊下で会った時に紹介してくれたのがはじまり。「Where are you from?」って聞かれて「Japan」と私は答えた。「コンニチワ」と、とびっきりの笑顔で言われてこの人とどうにかなりたいと思った。なんというか、私はそういう性格なのだ。

 

彼はジーンズにナイキのスニーカーを履いていてTシャツはワニのマークだったかラルフローレンの刺繍がついていた。進撃の巨人を知っていたしワンピースの中ではチョッパーを好んでいた。これはあとから知ったことなのだが、彼の父親は日本食レストランを経営している。日本酒の銘柄もばっちり。私の中では満点ハナマルの合格だったのだ。しかし、会えるのは月曜から木曜のランチタイム60分のみ。私はタイ人と韓国人、中国人、ヨーロッパ系のランチボックスを持ってくる組と一緒にたべた。彼は外で昼食を済まし、途中からやってきた。だから実質30分あまり。がちがちの受験勉強を終えて解放宣言を言い渡された私の大学生活はほぼバイトと飲み会で過ぎていた。つまり、外国人の異性とお近づきになれるような十分な英会話なんぞ持ち合わせていなかったのである。万国共通のスマイルと「YES」「NO」作戦で切り抜けているような私の勝算は極めて低い。これは体験談だが、アジア人はメールで仲を深めようとする傾向があるように思える。たとえば、韓国人とのLINEがなかなか切れなかったのだ。おはようからおやすみまでライオンの提供って具合だ。ともかく、彼の場合はメッセージを送ってもひと段落すると「Bye」ですぐ終わってしまう。未読をひきのばして翌日に「返信が遅れてごめん」なんて謝るスキも与えてくれなかった。私のアメリカ滞在は5週間。戻ってくる予定はない。そんなわけで刺激のない田舎生活の中で、カルピスソーダのような小さな刺激とトキめきが感じられるランチタイムと割り切っていた。

 

今まで質問したこと

今日のランチは何を食べたのか

日本のアニメでなにが好きか

どこに住んでいるのか (ストリートまで教えてくれたけど全くピンとこなかった)

休みの日なにをしているか

彼女はもしくは彼氏(念のため)がいるのか

 

…彼女はいなかった。

前の彼女とは1年前に別れたらしい。昔太っていたからできなかったそうだ。iPhoneのカメラロールを遡って昔の写真までみせてくれた。今まで会ってきた大半の外国人は家族や自分のことを話したがる。たしかに、ふっくらして小熊みたいだけど健康的で好きだと思った。「でも今は太ってないんだからできるじゃないか」と答えたら、少し嬉しそうに困って笑っていた。

 

早い段階でFacebookの友達申請をして、彼女の有無は聞いていた気がする。念のため。Just in caseといったところだ。Facebookのプロフィール写真をみてはドキドキした。それなのに、絶好のチャンスを逃していた。彼が州のフェスティバルにいったそうだ。まだチケットが余っているから誰か1人一緒にいかないか、と言われた。最初にスペイン語が話せる女の子に声がかかった。その子の答えは「NO」だ。週末に予定があるらしい。次に私とタイ人が誘われた。

「週末は家でゆっくりしたい」とタイ人は言った。

たしかに、私は予定がなかったが、車も運転できないしネットが使えない出来損ないのiPhoneしか持っていない。どうやって待ち合わせをして家に無事に帰ってこれるんだろうか。しかも、こっそりGoogleに聞いて相槌をうって愛想笑いをして30分が限界の英会話が4-5時間も花ひらくはずがない。何度もシュミレーションをしたが、心臓がもたないし困難だ。お断りをするしかない。

 

私の初フェスティバルデートは実現しなかった。